アドラーについて
1870年 オーストリアでユダヤ人の中産階級の商人の息子として
生まれる。
1902年 フロイトと出会う。
共同研究をするも1911年、袂を分かつ。
1914年 自分たちの研究グループを作る。
「治療と教育」という論文集を出す。
1914年〜1918年 第1次世界大戦。軍医として出征。
荒廃した国土、ギャングとなった子供などを見て、
子供の臨床が大切だと考える。
1918年 育児とか教育とかに研究を方向転換した。
→ウイーン市に働きかけて世界最初の児童相談所を作る。
1932年 アメリカ亡命・帰化。
1937年 心臓発作で急死。
自分の理論をまとめることなく亡くなってしまった。
アドラーの視点
人間と人間が対等で平等であるためにはどうしたらよいか。
上にいる者が下にいる者を差別しないでいるにはどうしたらよいか。
言葉とか民族とか宗教を越えて、人間が仲間であり協力し合い
戦争をしないで暮らすにはどうしたらよいか。
人間が他人を道具として扱わない。
人間が他人を人間として扱うことを親も子供も学び、
教師も生徒も学ぶ世界を作る。
アドラーの考える育児
子供に言うことを聞かせるためにあるのではない。
子供たちが新しい世界を作るためにある。
差別のない人間が、人間を人間として扱う。
みんなが競争でなく協力し合える、そう言う子供たちを
育てるためにアドラーの育児がある。